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2006年 08月 20日
先日、「イスラエル側」の、エルサレム近郊の町に用事があったのだが、バス乗り場でお目当てのバスが見つからずに、キョロキョロしていた。すると軍服姿の若い兄ちゃんが流暢な英語で声をかけてきた。
「どこに行きたいの?」 「○番のバスに乗りたいんだけど」 「ああ、それなら俺も同じだ。ここで待ってればいいよ」 目的地は偶然にも同じ街だった。そしてバスを待ちながら、バスの中で、彼とあれこれと話すことになった。彼は、その日の兵役の訓練を終えて、家に帰るところとのことだった。 駄話の中で、旅行の話になった。 「やっぱり、兵役を終えたら旅に出るの? で、インドに行ってハシシやって沈没するんだろ?」 と冗談半分に聞いた。イスラエルの若者は、多くが兵役を終えたら長期の海外旅行に出かける。 そして、兵役で溜まりに溜まったうっぷんをはらすためか、インドにて葉っぱやドラッグやらではっちゃけ、沈没しているイスラエル人が目立つ。そして当然ながら、地元の人にも他の旅行者にも嫌われがち、というのは、バックパッカーにはおなじみの話だ。 が、彼はインドには関心はないらしい。 「俺は葉っぱにもドラッグにも興味がないし、別にインドにも惹かれない。それより、チベットに行きたい。仏教文化ってのを、見てみたい」 おお、チベット。俺もいつか行きたいんだよなあ、何だよ、なかなか話の分かるヤツじゃないか君は、などと、しばし旅行話が弾んだ。 その後、ふと、彼が銃を持っていないので、なぜかと聞いてみた。実は彼は兵役に就いて2週間目の新人君で、銃はまだ扱わせてもらえないのだそうな。ついこないだまで高校生だったピチピチの18歳。 兵役の訓練の話になると、「予想以上に訓練は厳しいよ。ここまで厳しいと思わなかった」 と彼はぼやいた。「よく、ハリウッド映画で、新人の兵士が教官にしごかれる場面があるだろう? あんな感じ」 そうかあ、あんな感じか、そりゃわかりやすい。まあ、楽な兵役の訓練なんてのもなかろうて。 「まあ、でも何とか耐えてるよ」 と彼は笑った。「でもさ、国民の多くがそういうシゴキに耐えてるんだったら、本当に忍耐強い国民の国になると思うんだけど、実際は、イスラエルってのは、どうも違うねえ」 と私が皮肉ると、彼は、しばし考えたあと、意外にも「・・・そうなんだよな」 と同意していた。 兵役ではどんな職種に就くのか、と尋ねると、「シュケムの部隊に配属されている」 のこと。 シュケムとは、パレスチナではナブルスと呼ばれている街で、日本で言えば大阪並みの主要都市。 そして、シュケムでの彼らの役割について、こう説明してくれた。 「シュケムから、多くのパレスチナの自爆テロリストがイスラエルに来ようとするんだ。そいつらを見つけて、殺すんだよ。ほんとに大変な仕事だ。シュケムは、本当にホット・スポットなんだ」 シュケム、つまりパレスチナのナブルスには、私もしばらく滞在していたことがあるが、そこでは、日々イスラエル軍がやってきて、住民のパレスチナ人に対して外出禁止令を敷き、家を爆破し、狙撃し、お尋ね者を拉致し・・・ つまり、そこに住むパレスチナ人にとっては、当然ながらイスラエル兵は非常に恐ろしい存在であり、それは私にとっても同様であった。すぐ近くでパレスチナの若者が撃ち殺され、彼の葬式中に、もう一人撃ち殺された、ということもあった。私の横に座っているこの気のいいあんちゃんも、今は新人だが、まもなく、同じようにナブルスでパレスチナ人に銃口を向けることになるのだろうか。 その部隊への配属は、自分で選んだの? 「まあね、別に部隊はどこでもよかったけどね。身体が健康すぎるんで、戦闘職種に就くのは明らかだった。選択肢は、限られてたよ。トリックを使って、健康診断書を偽造して、楽な職種に就く人も中にはいるけど、そんなことはしたくないしな」 兵役に就くと言っても、軍隊の中にも、生活に必要なありとあらゆる仕事がある。オフィスの事務職みたいなものやら、コックやら、何やら。私の友人は、なぜか兵役中に小学校で教師をしていたとのことで、驚かされた。 ふと彼が言った。 「考えてみろ、こないだまで学校に通っていたのに、今はもう、シュケムでテロリストを殺す訓練を受けているんだ」 それは、何かを批判しているようでも、嘆いているようでも、誇っているようでもなく、とても淡々とした物言いだった。 率直に、聞いてみた。 「日本とはとてもかけ離れた社会なんで、知りたいんだけど、そういうのって、どんな感じ?」 「うーん・・・小学校、中学校に行くのが当然であるように、学校を出たら兵役につくんだよ。 どうということはないよ。 イスラエル人としての、単なるひとつのステップだよ」 「でもさ、パレスチナの街に出向いていって、そこで人を殺さなきゃならないかもしれないのに、そういうのは、イヤではないの?」 「これが、現実なんだ。それを、受け入れていくしかない。この国は、軍隊がないと、存在し続けられないんだ」 「現実を、受け入れていくしかない」 ・・・イスラエル人からは、何度となく聞かされてきた言葉だ。つべこべ言ったって、現に俺たちを滅ぼそうとしている敵に囲まれている。他に選択肢はないだろう、何も好き好んで戦いをしているわけではない、と。 彼に、地図を見せて 「シュケムってどこ?」 と聞いてみた。 えーっと、えーっと・・・としばらく探していたが、彼は「パレスチナの大阪」の場所が分からなかった。自分が配属されて、そこに住む人に銃口を向けるかもしれない、という街の場所が、分からなかった。 パレスチナでは「ナブルス」 と呼ばれていることも、知らなかった。もちろん、絶妙な味の甘ーいお菓子、カナーフェの本場が、そこナブルスである、なんてことも知る由もなし。 彼が「知っている」 のは、シュケムから、アラブのテロリストがユダヤ人を殺しに来る、という程度の「情報」だった。当然ながら、パレスチナ領に住むパレスチナ人とは話したことがない、イスラエル国内のパレスチナ人とも、ほとんど話すことはない、と言う。 18歳の、一見ごくごく普通のあんちゃんの中で、「パレスチナ人は我々を殺そうとする敵、我々は自らの同胞と祖国を防衛しなくてはいけない」 という世界観が成立していた。 そして、その世界観の中に住み続ける限りは、そこで立ち止まり、「皆はそう言っているけれど・・・ほんとに、そうなの?」「そうだとしても、どうして彼らはそんなことをしようとするの?」 「皆はそうしているけど、もしそれをこのまま続けたら、どうなるの?」 と問うことは、ありえない。 そこでは、すべては明らかであり、誰が敵で、彼らが何をしようとしていて、そして我々が何をしなくてはいけないか・・・は、自明のことなのだ。 そして、この社会での作法に疑いを持ち、そこから一歩踏み出そうとする人たちには、大きな困難が待ち構えている。わざわざそんな面倒を背負い込まなくても、社会が、教育が、大人が、メディアが与えてくれたルールを受け入れ、その中で生きていくことが、楽ちんなのだ。 これは、なにもイスラエルに限ったことではないけれど、とりわけこの国では、それがさまざまな面で、非常にシステマティックに、そして強固に、維持されている。 そこから 「一歩踏み出す」 ことの大変さがどれほどのものかは、ちょいとよそ者の私には実感を持てないけれど、そのような道を選んだ友人を通して、決してそれが生易しいことではないということは、理解はできる。 この新米兵士のあんちゃん、旅先の、たとえばアジアの国なんかで会ってたら、けっこう気が合って、何日か一緒に行動しそうなタイプの、本当に気のいい若者だ。 もちろん、彼の持っているパレスチナ人への見方は、私から見ればかなり切なく、そして異論だらけなのだけど、そういうことを話す気にはならなかった。なんだかウソをついているみたいで、少し気が引けたけれども・・・。 彼の住む街には、野暮用でちょくちょく出向くことがありそうなので、いつか彼の家にも寄ってみたいな、などと思った。 別れ際に、「無事に兵役が済んだら、トーキョーにも来なよ」 と言うと、「実はそれも考えてるよ」 と彼は言った。いつか、日本を代表するホット・スポット、「ロッポンギ」 で会ったりすることも、あるのかな。
by lusin
| 2006-08-20 21:09
| パレスチナ/イスラエル
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