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2006年 07月 15日
エルサレムからタクシーに乗り1時間あまり。ガザの入り口、エレツ検問所に着く。この検問所は来るたびに大きくなり、グロテスクな要塞のようになっていく。
オフィスの中で、ガザに入る手続きをとる。よく冷房のきいた小奇麗なオフィスの中で、愛想のいいお姉ちゃんが対応してくれた。手元のデスクの上に置いてある携帯ラジオから、ボサノバのゆるーい「イパネマの娘」が流れている。とても、ここから数百メートルも離れると、貧困と、イスラエル軍の攻撃に晒されているガザだとは思えず、おかしな気分だ。 手続きを済ますと、緩衝地帯の通路を経て、ガザへと抜けることになる。コンクリートの壁で囲まれたこの数百メートルのトンネルを抜けると、そこはガザだった、というわけなのだが、まったくもって、このトンネルは、気を滅入らせる。 この通路は、「こちら側」から「あちら側」へと抜ける、通路だ。 ガザの周囲には、目に見える壁がある。しかし同時にそこには、目には見えない壁がそびえている。 「こちら側」にいれば、「あちら側」で起こったことは、それがたとえ数十人、数百人、あるいは数万人が命を落とすような惨事でも、心を痛めることはない。あるいは、それを喜んで受け入れる。それを望むことさえある。 かつてナチスの党員であった男性が、老年になり、平穏な人生を送っていた。彼には孫娘がいたのだが、彼女には、自分の愛するやさしいおじいちゃんが、かつてユダヤ人の大虐殺という恐ろしい仕事に手を染めていたということがどうしても信じられず、ある日、おじいちゃんに尋ねた。 「なぜ、あんな恐ろしいことができたの?」 老人の言葉はこうであった。 「まず、「我々」と「彼ら」を分けたんだ。そのあとは、簡単だった。」 その、人と人とを隔てる境界線は、60年前ではなくこの現代のこの世界にも、姿を変えて依然としていたるところに張りめぐらされていて、そして、ここパレスチナには、あまりにもあからさまで、グロテスクな形で、現れている。 で、話は変わり、その「向こう側」に入った日のこと。 夜、ある町でセルビスに乗りこむ。 車が出発してすぐに、後ろに座っている品のいいおじさんが話しかけてきた。 「君は、日本人かい?」 おお、めずらしく、「フィリピーン?」とか「シーニー?(中国人)」とか、「タイランディー?」とか聞かれなかった。 「そうですよ。」 「そうか、では、ミツィは知っているか?」 ミツィ? うーん、パレスチナに来てる、三井さん? 読売新聞の特派員の方が、たしか三井という女性だったな? などと考えていると、おじさん、 「小柄で、ビデオを撮る女性で・・・」 と続ける。これを聞いて、すぐに分かった。パレスチナを長く取材している、古居みずえさんのことだ。古居さんは、現地の人には、ミツと呼ばれてる。 以前会った、古居さんの友人のパレスチナ人は、ミツと発音していたが、このおじさんは、「ミツェ」だか「ミツィ」だか、ちょっと変わった発音をしていて、すぐには分からなかった。 「知ってますよ。」 「友達か?」 まあ、そう言っても別に問題はないだろうて。 「ええ、友達です。」 すると、突如おじさん、うれしそうに言う。 「私はガーダの兄だ。」 なに?? あのガーダの兄弟?? 「で、前に座ってる彼は、ガーダの弟。これは、私の妻。この子は、ガーダの甥。」 なんと、このセルビスはガーダファミリーに占拠されていた。 ガーダとは、古居さんの映画、そのものずばり「ガーダ」というタイトルの映画の主人公の女性だ。古居さんは、17年間にわたって、ガーダの撮影を続けて、今年、すばらしい映画として完成させた。現在、渋谷などで上映中。 まあ、ガザは狭いので、思わぬ人とばったり、てことはよくあるけど、今回ガザに来て初日に、「ガーダの兄です」なんて人に声をかけられるってのも、不思議なものだ。 「ガーダは、ミツの映画のために、日本に行くはずだったんだが、行けなくなってしまったんだ。知っているか?」 「知ってますよ。」 「ミツの映画は見たか?」 「見ましたよ。 すごくいい映画でしたよ。ああいう映画はなかなかないですよね。」 「そうか、それならば、今度うちに遊びに来なさい。」 てな感じで、連絡先を教えてくれた。 このパレスチナの人たちの心安さは、とても好きだ。 私たちは皆、ミツが大好きだ、と彼は言っていた。 うーん、世界は広し、世間は狭し。 「向こう側」の世界での、最初の日の出来事でした。
by lusin
| 2006-07-15 04:29
| パレスチナ/イスラエル
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